ハンナの足跡
 それから二日後に、朱美は退院した。
 ハンナの話によると、朱美は結婚を断ったという。今の仕事を一生続けていくと決心したそうだ。体の続く限り。結局、彼氏がどういうつもりで結婚話を切り出したのか、わからず仕舞いだったが、朱美は自分の欲求を優先したのだ。他の誰にも制御することの出来ない魔物を、解き放ち続けなければ生きられない宿命のようなものを、朱美は受け入れた。結婚という形を取り、朱美がもしその男と暮らし始めたら、結末がどうなるのか容易に想像出来よう。いくら与えても満足することのない、貪欲な魔物。朱美はそれを一度は躊躇しながらも、受け入れて、生きることを選んだ。もし僕が朱美だったら、生きる方を選択するだろうかなどと、考えても意味のないことに、しばらくふけってしまった。
 朱美の話を聞きながら、ハンナは今後、どうするのか気になったので、僕は聞きたくなったが、それはもう僕の役目ではないと思い、聞くのを止めた。
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