ハンナの足跡

　怪しい押し売りの女の類なら、怒鳴りつけて返すつもりだったが、座らせて、息が落ち着くのを待って話を聞いてみると、どうやら本当に追われているようだった。暴漢に襲われたのかと訊ねると、そうではなく、知り合いに追われていると答えた。僕はすごく嫌な予感がして、傷のある顔と、大きな刺青と、腹巻を連想していた。女が言うには、知り合いというのは、勤め先の上司の事で、どうしてもやりたくない仕事をさせられそうになって喧嘩になり、何もかも嫌になって夢中になって走ってきたそうだ。話をどんどん聞いていくと、僕の嫌な予感が的中しそうな気がして、怖くなって、というか少し僕の方が落ち着きたくて、僕はしばらく押し黙った。
　女は艶のある栗色の髪をしている。それが腰の辺りまで伸びている。細くて柔らかい毛をした、栗色の馬が草原の近くの水場で水を飲んでいる光景が脳裏に浮かんだ。肌は少し黒くて、締まっている身体の割には痩せて見えた。目は大きくて、碧いビー球のように輝いていた。眉はその上に力強くすんなりと弧を描いている。鼻はすっと調度よい高さであり、口元は嫌らしくない大きさで、ふっくらと、少女のような唇をしていた。エジプトで愛されていた猫のような顔つきをしている。泣いた後だから、涙で目が滲んでいて、そのせいでより幼い印象を僕に与えた。