ハンナの足跡
 ハンナは今一、判然としない顔をしていた。
「ハンナは誰かを好きになったことはあるか?」
「うん?」
「恋したことがあるかって聞いたんだ。」
「恋…。恋する前に働き始めたから、ないのかな。」
 ハンナの言葉を聞いて、僕は胸が痛くなった。
「社長には、お客さんを好きになってはいけないと言われてる。これは、ルールね。だから、コウスケにキスされたときみたいに、ドキドキした事は、ない。」
「ハンナは西島に恋してるんだよ。今までしたことがないって事は、初恋だな。」
「初恋?」
「そうだよ。初恋だよ。」
「…。」
 ハンナは窓の外を眺めていた。何処か遠くを見つめていた。国の事を思ったのだろうか。この季節には珍しく、冴え冴えと空は青かった。冷たい風が窓の隙間から、時折、入り込んでくる。
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