サヨナラまでの距離
「あのさ、この爪見て欲しいの」

そう言って舞は突然、缶を握っていない方の手をこちらに差し出す。言われたとおり爪を見ると、そこにはピンク色のマニキュアが所々剥がれたまま塗られていた。

いったいなにを言いたいのか分からず、舞を見つめる。

「前まではこんなことなかったんだけど、いつの間にかこんな爪のまんまで研一とデート したりできるようになっちゃたんだ」

前はほんの少しの寝癖だって許せなかったのに、と舞の表情が一瞬くもった。

でもそれは舞だけではなくて俺にも言えることだった。適当な格好で舞とデートをすることだってできるようになっていたし、連絡だって以前に比べたらかなり少なくなった。

気を使わなく なったともいえるけれど、舞も俺もそんな自分自身を好きになれなかったのだ。

恋愛は、相手を好きという気持ちだけでは成り立たない。相手のことを好きな自分のことも好きになれなければきっと、どんどんどんどん苦しく窮屈になってしまう。

舞が悪いとか俺が悪いとかじゃなくて、いつの間にか俺たちはそんな自分をイヤになっていた。

たぶん気づかないうちに、でも確実に。1秒に1ミリとかのペースじゃなくて、1日に1ミリくらいのスローテンポで。
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