弁当箱の絆

素直になれなくて

弁当は、最悪な味だった。自分でも、食べながら嫌になった。いつも弁当を作るのは緑で、当たり前だと思っていたが、美味しく作るのがこんなに大変だとは知らなかった。私は、緑に頭が下がる思いだった。


家に帰ると、弁当はテーブルに置かれたままだった。やはり、嫌いな父親が作った弁当など食べたくなかったのだろう。それでなくても最悪な味だったのだ。仕方がない。私は、洗うために弁当箱を取り上げた。


軽かった。


私は、急いでナプキンをほどいた。弁当は、空だった。


透は、弁当を持っていったのだ。そして、食べてくれたのだ。私は、目の奥から熱いものが吹き出すのを感じた。そして、急いで目をぬぐった。


人の気配を感じて、私はキッチンの戸口に目を向けた。ユニフォームを脱いで、ジャージに着替えた透が立っていた。


「弁当、食べたのか」


「食べた」


透はぶっきらぼうに言った。


「最高にまずかった」


「そうか。すまん」


私は、素直に謝った。すると、透はかすかに笑みを浮かべた。透が私の前で笑顔を見せるのは久しぶりだった。


「二度と言わないからな」


「なんだ」


「……ありがとう」


そそくさと、透は立ち去った。私は、また目をぬぐうはめになった。




寝室に入ると、緑が冷却シートを額に貼って、すやすやと寝ていた。その様子を眺めながら、私は彼女にささやきかけた。


「緑。透は、優しい子だよ」


心からの言葉だった。


「そして、いつも弁当をありがとう」


私は、緑の少し枝毛が目立つ黒い髪を手ですいてやった。







当たり前だと思っていることは、当たり前ではない。何かの拍子でそれがわかったとき、そこには、いつもと違う風景が見え、思いも移り変わる。


透。お前が二十歳になって、また笑ってくれる時が来たなら、一緒に酒を飲もうな。


私は、今日の記念に、今年できたワインを買うことにして、眠りについた。その眠りは、いつになく安らかだった。




(了)
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