初恋の絵本


「そうだね。そしたら淋しくないね」

「お前といたら淋しいどころか、うるさすぎてウザイけどな」

「ひっどーい」

「だけど、楽しい」



わって。

ビックリした。

あの彰吾が、笑った。

少しだけど、優しい笑顔で。

いつも仏頂面だから、
たまに見せる笑顔に狼狽えてしまう。



「あ、うん。ありがとう。ども無理」

「なんでだよ」

「お母さん。私のためにたくさんお金、作ってくれた。それにお父さんだって、ご飯代とか電気代払ってくれてる。だから私も生活できるんだもん」

「そんなん、親なら当たり前だろ!」



さっきまで笑ってたのに。

また彰吾は不機嫌になった。

「………」



当たり前か。

私も、最初は当たり前だと思ってた。



お父さんはいなかったけど。

朝起きたら。

お母さんが目玉焼き焼いてて、
お味噌汁の匂いがして。

一緒に楽しくご飯食べて。

お話しして。



だけど。

当たり前だと思ってた風景は、
もう二度と手に入らない。



私、バカだから。

泣いたら元通りになるんじゃないかって。

どうにかなるんじゃないかって。



でも、ある朝悟ったんだ。

あれは、当たり前じゃなくて。

特別だったんだって。



そんな特別な風景を見れたことに、
感謝した。

だって、こんな風景を知らない人
もたくさんいるはず。

けれど、みんな当たり前みたいに
家族と過ごしていることが、

羨ましくて。



いいなって思う。



みんなずっと。

特別な風景を長く長く過ごせたら
いいのにね。



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