こころは霧の向こうに
 彼女にゲームを仕掛けるなら、こちらの真意を悟られないよう、十分に気をつけなければならない。そう考えていた矢先に、感情が先走ってしまった。動揺に気づかれないようにするには、彼女をあの場から追い払うしかなかった。打ちひしがれて小さくなる背中に胸が痛んだが、教訓と、良い兆候を得られたのは収穫だった。

 ソフィアは嫌がってはいなかった。

 抱きすくめられても、キスをされても、戸惑ってはいても、拒否反応は示さなかった。熟練した既婚婦人らしく、誘いかけることもしなかった。この腕に閉じこめた彼女は、ブラッドの誘いをしなやかに受け止めながらも、微かに身体を震わせていた。

 奇妙だった。

 ブラッドの眉間に、薄っすらと皺が寄る。
 子供もいる立派な既婚者のはずなのに、ソフィアの反応は初々しくて、5年前のブラッドの記憶にある彼女を、そのままなぞっているかのようだ。時間は確かに流れ、互いに年齢と人生の経験を重ねているはずなのに、落ち着いた淑やかな貴婦人の影から、男性の熱に怯える無邪気な娘が顔を覗かせたような気になってしまう。

 いくら考えても、明確な解は出てきそうにない。まぁ、いい。ブラッドはクイと口角を上げた。直にゴールド・マナーで、リンズウッド伯爵夫人の真実を知ることになるだろうから。
 思い出が煌く館で、ブラッドを前にして、ソフィア・ポートマンは今度こそ本当の彼女をさらけ出すことになる。彼女はブラッドへの不実を詫び、裏切りを償う義務があるのだ。
 ブラッドの誇りを傷つけ、約束を反故にしたことへの贖罪は、名誉を重んじる貴族社会に生きる人間として、ソフィアもきっちりと果たさなければならない。次に逢うときには、彼女の喉元にそれを突きつけるつもりだった。そうしなければ、ブラッドは5年前の別れを真実乗り越えることができないまま、生きていくことになる。
 終わらせなければ、と小さく呟きながら、ブラッドは、馬車の揺れがかきたてるまどろみの中へと、意識を滑らせていった。
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