教習ラプソディー
「いや、どうしてって……」
それはアンタの息子が下手だからだよ!!
なんて事は言えるはずもなく、亮介はそのまま口籠って拳を握り締めた。
そんな亮介の様子を見つつ、神林がソファに深く背中を預けて腕を組む。
「まあ、ね。色々な人が居るから。僕もそういう、大変な生徒さんの教習やった事もあるよ。一時限じゃ上手くいかないことだってある」
でも、と前置きをして、神林は言葉を続けた。
「早くオートマに変更した方がいいって、言ったらしいね。君」
「……はい」
「どうして?」
「足の操作に困難があるようでしたので……」
言いつつ、亮介の心の中は不満でいっぱいだった。
どうせ、マニュアルの方が料金が高い分教習料がとれるとか、そういった話だろうと踏んでいた。
が、小さくため息を吐いた神林から出てきた言葉は、全く予想に反したものだった。
「彼はまだ一段階の、それも実車初めての生徒です。例え君の担当した時間で上手く行かなくても、何時間かかっても、ゆくゆくは扱えるようになるかも知れない」
「でも、本人もどうしてもマニュアルでという様子では……」
言いかけて、神林の顔から笑顔が消えていることに気付いて言葉を詰まらせた。
「君は、指導員でしょう。生徒さんの運転技術を向上させる、運転の楽しさや厳しさを教える立場でしょう。確かに、ある程度の段階でオートマを勧める場合もあります。けれど」
一つ一つの言葉が胸に刺さる。
今となっては教習業務から離れているが、神林は検定員資格を持つこの道30年のベテランだ。
言葉の端々に、自分の知り得ない様々なものが込められているように感じた。
「指導する立場の人間が、簡単に匙を投げるような対応はやめて下さい」
返す言葉は何も出てこなかった。
確かに、これはもうダメだと。さっさとオートマに変えれば楽なのにと思った自分が居たのだ。
――俺は、ほんとに、どうして――
「……すみませんでした」
「解ってくれれば良いんだ。昼休みに時間を取らせて悪かったね」
穏やかに言う神林の顔は、見ることが出来なかった。
「失礼しました」
俯いたまま、頭を下げて課長室を出る。
ロビーから聞こえてくる教習生たちの談笑とは逆に、気持ちが重苦しい。
俯いたまま、自然と足はいつも向かう場所へと向けられた。
課長室から真っ直ぐ伸びる廊下の、その先の階段。無意識のうちに、歩みが速くなる。
モヤモヤとした気持ちで深く息を吐いたその時、身体にドンという衝撃が走った。