教習ラプソディー

 顔を上げて下さい、どうしておばさんが謝るんですか、と。

 止めてもなお、振り乱すように頭を下げる母親と、その肩を抱いて声を出さずに嗚咽する父親の姿は、見ている事が辛いくらいだった。

 きっと、そうでもしないと気持ちのやり場がなったのだと思う。


 事故の内容は、葬儀で出会った同級生から聞いた。

 営業回りを終えて帰宅していた弘也のバイクに、乗用車が突っ込んだのだという。

 轢き逃げ事故だった。

 交差点を矢印信号で右折しようとしていた弘也に、その乗用車は信号無視で、しかもノンブレーキで突っ込んだらしい。

 かなりのスピード超過だったはずだと警察の人間が言っていたという。

 その運転手はあろうことか、衝突した後も車を降りなかった。

 前方に何メートルも吹っ飛ばされた弘也の上を轢いた挙句、更に数十メートル引き摺って去っていったらしい。

 事故はその場にいた別の自動車の運転手が通報し、ナンバーを覚えていたこともありすぐに犯人は逮捕された。


 弘也の両親の口から聞くには、むごすぎる事故だった。


 轢いたことが怖くなり、逃げた。


 そう供述していたのだと聞いた時、込み上げてくる怒りを抑えることが出来なかった。


 どうしてそんな運転を。
 どうしてそんな奴が免許を持って運転出来るんだ。


 ――あいつは……!


 あいつは、最近彼女が出来たんだ、なんて嬉しそうに。


 俺、一人っ子だからさ。ちゃんと結婚とかしてさ、子供3人くらい欲しいんだよなぁ。

 とうちゃんとかあちゃんにも、親孝行しなきゃって思うし。

 ほら、高校まですんげぇ馬鹿やったじゃん。

 孫の顔とか見せてやってさ、そんで家族みんなで旅行とか行っちゃったりさ。

 ああ、そん時はお前も来いよ。

 え? いいんだよ、もう家族みたいなもんじゃんか。


 そんな、そんな風に笑ってたんだぞ。


 ――自動車は凶器です。


 自分が免許を取った際に、教習所の教官に言われた言葉が蘇った。

 今まで悲惨な事故のニュースを聞く度に、ひどいなと思っていた。

 しかし、実際にこんな気持ちになるなど想像もしていなかった。

 今まで見聞きしてきた事故の当事者や、その周りの人々がどんな気持ちになるかなど、解ったふりで済ましてきたのだ。


 実際には、こんなにも辛い。
 逝った側も、残された側も、こんなにも。



 ――俺に出来ることは、何だろうか――


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