教習ラプソディー
佐伯はもう一口お茶を飲み込み、少し悩んだ様子をしてから空を見上げた。
「これ、ヒトに話したことないんだけど。実は俺、学校の先生になりたかったのよ」
「……マジっすか。すげえ不良教師になるじゃないっすか」
今度は抑えきれずに、思ったままを口にする。
不良教師と言い放たれた佐伯は、ヒドイとしくしく泣き真似をしてみせた。
「ま、でも教員免許取っただけでねぇ。しばらく会社勤めて、でもやっぱセンセーやりてーって思ってたとこにココの求人見つけてさ」
「それで、指導員っすか……」
「そ。俺ってこう見えて、人に教えるの好きなのよ」
確かに、佐伯の教習は解りやすいと教習生からも評判だ。
亮介も新人研修の際に佐伯の教習車に同乗して教習を見たことがあるが、実際に解りやすかった。
佐伯の教習は、教習生の問題点を的確に見抜き、しかしそれでも嫌味の無いよう、出来る限り端的に指導する手法をとっている。
もちろん、笑いをとることも忘れない。
こう言うと何だが、ベテランでも一辺倒な教え方になっている指導員も居るのだ。
それは逆に、『ベテランだから』という事にも繋がる訳で。
一辺倒な教え方は、様々居る教習生に通用しない部分がある。
それを踏まえ、自分も出来るだけその教習生に合わせるよう心掛けてはいるのだが。
「……でも、言っても聞いてもらえないとか……いくら教えても伸びない子って、やっぱちょっとアレじゃないっすか?」
一時限目の教習生を思い出し、少し躊躇してからやっぱり聞いてみる。
すると、佐伯の返事は思っていたよりずっと早く返ってきた。
「相手が難しければ難しいほど燃える。どうやったら上手くなるかなーとか、どう言えば伝わるかなーなんつーの考えるのが楽しい。だから二輪も四輪も一段階の方が好きだな、うん」
――ああ。
俺も当たらないかなー。せめて路上出る前に一回乗ってみたい。
あれは、冷やかしでも何でもなく、本心からだったのか。
すごい、と。素直にそう思った。
「……佐伯さん、ドMっすね」
「あ、バレた?」
少しだけ悔しくて叩いた軽口は、軽口で返された。
敵わないのかな、この人には。
最後のおにぎりをもぐもぐと頬張りながら、「やっぱシーチキンに限るな」と幸せそうな顔の佐伯を横目に苦笑が漏れた。
「やっべ、もうこんな時間だよ! 俺、午後イチ四輪なんだ。むらっちゃんもほら、行かないと」
腕時計に目をやると、教習開始15分前だった。