教習ラプソディー
画面の中では、港らしき場所で男性アナウンサーが風に煽られながら台風の模様を伝えている。
こちらの天候も暗雲が立ち込み始めているが、どうやら台風は夜のうちに抜けて行ってしまうらしい。
良かったとごく普通な感想を心の中で述べながら、落ち着ける場所がないかと待合室を見渡す。
テラスに向かう窓際のカウンター席に空いている場所を見つけ、腰を下ろした。
窓の向こうでは、女子大生と思しき二人が談笑している。
手持無沙汰に、教習原簿のファイルを何気なく眺めやると、挟んでいた予約分の配車券がはらりと落ちた。
9月3日
4時限目 MT63号車
ハルナ ウタ
拾い上げた配車券には、そう印字されている。
63号車。順当にいけば、あの先生の教習になる。
相変わらず怖いのだろうか。
教習の講評は、どんな話をしてくれるだろうか。
そんな事をぼんやりと考えていると、窓の向こうの会話が聞こえてきた。
「邑上、マジ相当ムカつくからね!」
「あたしまだ当たったこと無いんだよねー。良かったー、絶対ムリー」
邑上という名前に、ぴくりと身体が反応する。
「アイツ何て言ったと思う!? 『交通ルール守る気が無いなら運転しない方がいいよ』って!」
「うわ、ひっどー。マジで鬼じゃん」
やたらと陰険にデフォルメされたモノマネを交えつつ捲し立てる女子大生に、その友達がきゃっきゃと笑いながら同調している。
二人のおしゃべりは、止まる気配が無い。
「あーあ。佐伯先生みたいな教官ばっかならいいのにぃ」
「佐伯先生かっこいいよねぇ。優しいし、あと面白いし! 邑上みたいな説教臭いヤツとかホント勘弁なんだけど」
そうだろうか、と詩は考える。
佐伯という教官にも何度か当たったことがあるが、確かに優しいし、教え方も上手いと思う。
けれど、あの『鬼』教官も決して教え方が下手な訳ではないと感じていた。
何より、きっと邑上先生は――
考えかけて、詩の思考はテレビから流れてきた音声に遮られた。
「続いてのニュースです。あの悲惨な事故から、明日で15年が経とうとしています」
男性アナウンサーの真面目で硬い声音で告げられたそのニュースに、意図せず身体が強張る。
ごくりと唾を飲みこんで、詩はゆっくりと首をテレビの方へ捻らせた。