教習ラプソディー
一気に押し寄せる不安の波。
そこへ、いくつもの叫び声が聞こえてきた。
「引火するぞ! 逃げろ!」
「逃げるってどこへ!?」
「ようすけ!ようすけはどこ!?」
「まだ閉じ込められている人がいるんじゃないのか!」
子供心に、何か大変な事が起こったのだと理解が出来た。
それも、もしかしたら死んでしまうかもしれないような大変な事が。
助けてもらわなきゃ。
おとうさんとおかあさん、助けてもらわなきゃ。
そう思って助けを呼ぼうとしてみても、声が出ない。
叫んでみようとすればするほど、身体の痛みが増してくる。
「たすけて……!」
ようやく振り絞って出した声は、しかし無情にも爆音にかき消された。
ドウン、という激しい爆発音。
そして、聞き分けのつかない叫び声の数々。
数回続いた爆発音の後に、じりじりと肌を焦がすような熱が襲ってきた。
同時に、詩の耳にあの声が聞こえてくる。
熱い、苦しい。
誰か、誰か。
苦しい、たすけて――
始めは微かに聞こえていただけその声は、だんだんと頭の中で反響して、終いには近場で聞こえるどの声よりも大きくぐるぐると木霊した。
徐々に薄れていく意識の中で、幼い詩はその声に向かって必死に謝っていた。
ごめんなさい。
私、何もできなくてごめんなさい。
助けてあげられなくてごめんなさい。
「……ごめんなさい」
膝を抱えて、詩は込み上げる涙を抑え付けながら呟いた。
無機質な階段が、やけに冷たく感じられる。
結果的に、詩は両親と共に助け出された。
詩たちの乗る車まで火の手が迫る中、居合わせた人々が間一髪で助け出してくれたのだという。
幸いなことに、三人とも骨折や裂傷以外には致命傷になるような傷もなく、命を救われたのだった。
とはいえ、頭部に裂傷を負った詩は、両親よりも後に退院することになったので、相当に心細かった事を覚えている。
追突の影響で前方へ投げ出され、フロントガラスに頭を打ち付けてしまったのだ。
あのとき車内で見た不自然な光景は、フロントガラスにぶつかった後、そのまま前転をするような格好で運転席と助手席の間に滑り落ちた為に見たものだったらしい。
両親も含め、周りの人たちは、助かって良かった、生きていて良かった、と喜んだ。
しかし、詩は心に大きな傷を負い、今でもそれに悩まされている。