教習ラプソディー
――ああ、俺ってばどうして指導員になったんだっけか。
新しい週が始まった月曜午前9時30分。
邑上亮介は、定期的に大きく揺れる自動車の助手席でゆっくりと息を吸い込み、深く吐き切った。
それが盛大な溜め息である事を悟られてはならない。薄い呼吸でカモフラージュして、両手で頭を掻きむしりたい気持ちを抑え付ける。
「はい、それじゃあ、もう一回やってみようか。右足でアクセルペダルを踏んで……」
教習開始からの30分でもう何度となく口にした同じ台詞を根気強く繰り返すと、亮介の言葉を待たずにエンジンが唸る。
――だから静かにっつったろ!
回転計は優に4千を越えている。
エンジンが焼けるのではと冷や冷やするほどの唸りに、運転席の教習生は少し驚いた様子でアクセルペダルから足を離した。
「……ゆっくり、静かにね」
言われ、こくりと頷いてゆっくりとアクセルペダルに足を乗せる。
すると、今度はゆっくりどこまでもペダルを踏み込んで、結局回転数がどんどん上がっていってしまう。
――だろうことはこの30分で亮介も学んだ事で、調度いい具合の所で指示を出した。
「はい、そこで足止めてー。エンジンの回転はそんくらいで……そしたら左足のクラッチをゆっくり……」
言いかけたところで、車体がガクリと大きく揺れた。
本日何度目かの(数えるのも億劫だ)エンストである。
「……エンジン、かけようか……」
一段階二回目。
初回はシミュレーターを使った教習になるので、実際に運転するのは初めての教習だ。
普段、自動車に乗ることの少なくないこのご時世だが、実際に運転するとなるとやはり勝手が違うもので、まさに見るとやるでは大違いだ。
特にマニュアル車はクラッチの扱いが難しく、慣れるまでに苦労する教習生も多いし、初めての実車で緊張する者も少なくない。
しかし、亮介が今まさに受け持っている教習生は別段苦労していた。
と言っても本人に「難しい、苦労する」などといった様子は微塵もなく、何がどうして発進できないのか全くピンときていないようで、それが亮介の神経を逆なでていた。
打っても響かないシチュエーションは、少なからず人の心を刺激する。
この時限は他にもマニュアルの実車初回という教習生が複数いた。
開始から少しの間は、発進停止を練習するためのスペースで皆足並みを揃えてエンストを繰り返していたのだが、次第にその数は少なくなり、結局は亮介の教習車だけが残される形になった。