教習ラプソディー
邑上だったらどう接するんだろう。
あいつはまだまだ教習生の挙動を読み取り切れない部分があるから、どうだろうか。
いや、でも、もしかしたら――
笑顔を作りながら、佐伯はまた、どうしたものかと考え始めた。
***
「榛名さん、もしかして運転するの怖い?」
路肩に寄せて停車した時、唐突にそう尋ねられ、詩はビクリと心臓を跳ねさせた。
「怖いとかは、ないです……ほんとに……」
怖いです。
怖いです、どうしようもなく。
そう答えることが出来たなら、どんなに楽だったろう。
けれど、詩はそうすることが出来なかった。
そんな事を言ってしまったら、理由を聞かれるのではないか。
あの事故の当事者だと分かったら、きっと同情をされる。
同情をされて、いらない気を遣わせてしまう。
そして、きっと言われるのだ。
助かって良かったね、と。
その言葉が、どんなに自分に重くのしかかるか、詩はよく知っていた。
事故の後、退院した詩に、「きっと神様が死んじゃダメだって言ってくれたんだね」と言ったのは叔母だった。
目に涙を溜めながらそう言った叔母には、悪気なんて一つもなかったのだと解っている。
けれど、詩はその時思ったのだ。
そんなことはない、あるはずがない、と。
あの事故で亡くなった人たちは、それじゃあ神様に助けてもらえなかった人たちなのか。
助からなくてもいいと、神様に言われてしまった人たちなのか。
そんなことが、あってたまるか――
「榛名さん? 大丈夫? 出発出来る?」
はっと気付くと、佐伯が心配そうに詩の様子を伺っていた。
「あ、はい、すみません大丈夫です、いけますっ!」
慌てて早口になるのは性分らしい。
詩のそんな様子にくつくつと笑いながら、佐伯が言う。
「おっけ。じゃー行きましょ」
その時限、詩はようやくハンコを一つ進めることが出来た。