春色デイジー
――……カラン、カラン
心地の良い音が店内に響いた。
何処となく落ち着いた空気を持つこの場所と、喧騒で溢れかえった外とを隔てる扉が開かれたのは、まだ開店して間もない時間だった。
第一印象は、なんて顔をしてるんだ。
それ程に、扉を開いた人物の表情は酷かった。「無」という言葉をそのまま表現したような表情。
思わずじっと見つめてしまう。
そのままゆったりとした動作で私の正面まで歩いてきた彼は、静かにカウンターに腰を下ろした。
「……強い、やつお願い」
ぼそり、と投下されたその声はあまりにも小さくて、危うく聞き逃してしまうところだった。
はい。と静かに返事をして、相手のオーダーに従い決められた手順を踏む。
手を動かしながら、ちらと横目で見ると、ずっと色の無い目でぼんやりと一点を見つめる彼。
生きているんだろうか。
呼吸をしている、とかそういうことではなくて。
あまりにおぼろげで、触れればほろほろと崩れてしまうのではないかと思えてきて、一気に不安になる。