春色デイジー
先生は一頻り私で遊び満足した後、補習用のプリントを手渡して前の席に深く座り直す。
ふわり、と鼻腔をくすぐる先生の香り。シャンプーの香りに混じる淡い香水の香り。それが、距離の近さを表している。
手を伸ばせば届く距離。
「惚れた?」
「面白いこと言いますね」
でも、どうしようもなく遠い距離。
じり、と焦げるような感覚。
私は諦めてプリントに取り掛かろうと、素直に筆箱からシャーペンと取り出そうとした、時。
「お、遅れました……っ!」
がら、と勢いよく開いた扉に肩が跳ねた。
そこには膝に手を置いて呼吸を整えている男子生徒。どれだけ全力疾走してきたんだ、大丈夫か。
しばらくその光景を眺めていると、ようやく呼吸が整ったらしく顔をあげた彼と目が合った。
「……あれ、卓馬?」
「おう、優花」
「何でいるのよ」
そう言えば、こいつの苗字、橋本だったなと。
「補習引っか掛かったんだよ」
ばつが悪そうにこちらに歩み寄る私と真子の幼馴染、橋本卓馬(ハシモトタクマ)に怪訝な顔を向けてしまう。だって、こいつの頭の出来は真子と差ほど変わらない。逆立ちしながら受けても、補習なんて無縁に違いないのだ。