春色デイジー
そして、私に気を使ったのか少し離れた席で昼寝をする卓馬のもとへと駆け寄った。


「たくまーお待たせー」

「……ん、」

「起きろー」


卓馬の顔を覗き込むとまだあどけない寝顔があった。窓から吹き込む風に揺れる私とよく似たチョコレート色の短髪に長い睫毛、すっと通った鼻筋。こうして見ると女子生徒から何気に人気な理由が分かる気がする。


すっかり眠りの世界にいる卓馬を起こすためにゆさゆさと肩を揺らすと


「ん゛ー」

「おはよ」


ゆっくりと開かれた瞼。まだ頭が覚醒していないらしくきょろきょろと辺りを見回して、私に向き直った。


「……終わった?」

「うん、お待たせ」

「んじゃ帰っかー」


あ、寝癖ついてる。直してあげようとそっと伸ばした私の手をそのまま右手で掴む。


ふわあ、と大きな欠伸を一つして伸びをした卓馬は、机に置いてあった私の鞄を空いている方の左手でひょい、と掴んで立ち上がった。


「自分で持てるよ!」

「先生また明日ー」


よく分からないけれど、右手の熱と今まで卓馬にこんな扱いをされたことが無くて戸惑う私の頭には当然の疑問符。今まで互いに自主自立の精神の基に過ごしてきたというのに。明日は嵐だ。強風にご注意。

そして、その間にもすたすたと扉へと向かう背中。


「あーもう卓馬?……っ、先生さよならー!」


私を無視して、ひらひらと先生に手を振った卓馬を追い掛けて教室を後にした。



また明日、と言った卓馬の表情と、それを黙って見送る先生の表情。私はそのどちらも知ることは無かった。

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