春色デイジー

カランカラン、と小気味良く響いた入口の鐘が新しいお客さんを知らせる。


「どんな漢字?」


何を言い出すかと思えば。全く予想外の話題を吹っかけられて驚いた、そして少し拍子抜けだ。


私の目を覗き込み、首を傾げる春斗さん。それがあまりに自然で、あ、なんだか幼く見えて可愛い。


その双眸に先程のような「無」、落ちるような沈むような得体の知れない恐怖を感じることはなかった。


「えっと、優しいに花です」

空中に指で書きながら説明する。


「へえ、良い名前。じゃあ……花ちゃんだ」


春斗さんは満足そうに柔らかく笑った。


花(ハナ)ちゃんなんて呼ばれたのは初めてで、少しだけくすぐったかった。


それから岡さんと春斗さんは大学時代の話で盛り上がっていて、私は入れそうにもなかったため、少し移動して他のお客さんのオーダーを受けた。


話している春斗さんをちら、と盗み見ると楽しそうに笑っていて、何故かほっと安堵した。

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