理想の都世知歩さんは、
一章
隣室の都世知歩 宵一
『お父さんお母さん、私、洋服屋さんで働くのが夢なの』
――――高校三年の、春。
進学校に通いつつずっと思い描いてきた夢を現実で口にするのに、どれだけの時間が掛かっただろう。
当然の如く大学進学を予想していたであろう両親の期待を裏切ってしまうような気がして、申し訳なくて、それでも諦めきれない夢。
大学に通ってからじゃだめなのかと言う両親も先生も振り切って、自分で決めた道。
冬。
都心に程近い、古着屋さんの建ち並ぶお洒落な町での就職も決まって、あとは住む家。
何もかもが新鮮に映る不動産屋さんに何度も通って、物件の下見も重ねて、もう此処しかないと心に決めたお家があった。
小さな、ルームシェアもできるアパート。少し見た目は古いけれど、部屋の窓からは月が見えるし、玄関入って右手にバストイレ洗面所。左手にはキッチンもある。正面に二つのドアがあって、二部屋に分かれていた。
「一応もしかしたらルームシェアになるかもしれないけど、大丈夫?」
大家さんでもあるらしい不動産屋さんのおじさん――中村さんに確認されて、固く頷く。
「ルームシェアって、今流行りのあれですよね!」
「そうそう、流行ってるみたいだね」
同い年の可愛い女の子と一緒に住んで、仕事の話とか恋愛の話とかで盛り上がったり、一緒にご飯作って食べたり、映画観たり、洋服交換しちゃったりなんかもできるかもしれない、あのルームシェア!
憧れだ……。どきどきが止まらない……。
卓上で他に確認事項がないか書類を捲って確認する中村さんを前に、印鑑を押した私の胸はどきどきとわくわくとうずうずとそわそわとで一杯だった。
「じゃあもう次からは直接手荷物だけ持って伺えばいいんですよね」
「そうそう」
中村さんは書類から視線を上げて私を見、「随分楽しみにしているんだねぇ」と微笑んだ。
それに、それはもう力いっぱい頷いて見せた私は意気揚々と立ち上がって会釈をし、持ち帰る分の書類を大きな鞄に入れたあと不動産屋さんの自動ドアに向かった。
「それじゃ!」
真っ白い道に新品の靴で一歩踏み出すときのような気持ちで、ドアを通り過ぎた時。
「中村さん、どうも――」
入れ違いになった背の高い男の人。
その人がまさか、まさか私の、“隣室”に住まうだなんて――――
考えもしなかった。
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