理想の都世知歩さんは、
「とよちほさんっ」
遠ざかる彼の名前を呼ぶ。
都世地歩さんは少し、驚いたように振り返った。
それから、「何?」って微笑む。
私は。
貴方に恋をすることで、貴方のつらいきもちが少しでも解れたことを誇りに思いたい。
我慢しているんじゃない。
そんな立派なことなんて出来ない。
ただ、この縮まらない距離も。
この、貴方を想う気持ちも。
大切にしたいだけ。
指先にぶらさげた焼き鳥のビニール袋が、柔い風に吹かれて揺れて小さな音を立てる。
「……がんばっ、て」
「?」
菜々美さんのこと。
私のこの口は、嘯く口。
好きな人を想っているのに、想っていながら、他の人との幸せを願うなんてこと。
嘘でも吐かなきゃ言えないでしょう。
でも、「嘘」は嘘でも、「嘘で吐いた気持ち」は本当だから。
がんばって。
私が都世地歩さんの気持ちを想像できるように、私の気持ちを知らない都世地歩さんが、同じように、また誰かに片想いをしている菜々美さんの気持ちが想像できるから動かないのかもしれないって思うけど。
なんか。
わがままだけれど。
都世地歩さんが報われないのはいやだ。
「…うん」
「っ」
わかった、のかな。
もしかしたら伝わらなかったかもしれない。都世地歩さんは手を振って、私に背を向けて歩いて行った。
帰って、冷めてしまった焼き鳥をごめんねって謝ると、兄ちゃんはそれについて何も言わないで。
「衵、すっきりした顔になった」ってそれだけ言って笑ってくれた。