理想の都世知歩さんは、
必要最低限の荷物を送って、あとは手荷物のキャリーを引いて、駅から歩いて今日からの我が家へ。
わ、我が家…。その言葉だけでときめいてしまう。
当然、両親も下見済みのお家だから安心。
卒業式を終えてすぐ、3月も終わりに近付く春の麗らかな或る日のことだった。
ふーっと騒ぐ心を落ち着かせてアパートの下に立ち、202号室にある自室を見上げる。
ああ、あそこから私の新生活が始まっていくんだ。
「あの」
「…っあ、はい」
後ろから声がして、それが自分に向けられていたものだと気付いてすぐ振り返る。
と、真っ先にダークブラウンの髪が眸に映った。
柔らかそうな髪の下で端正な顔立ちがこっちに向けられている。双眼が私を捉えるとその上の眉が顰められた。
黒地に白ボーダーの入ったクルーネックを腕まくりしているところまで目にして、ハッとする。
しまった、見過ぎてしまった。
それくらい、目に入っただけで凝視してしまうような人だ。
芸能人みたい…。
でも、どこかで見たような…?
「そこに居られると邪魔なんですが。どちら様?」
うわーーーー!
何か凄く嫌な感じの人だったーーーー!
残念。知らない人だけど。
「あ、あー…っと、その、2階に行くところでして。すみません」
「ふーん」
待って。
今この人、2階に上がる階段の前に立ってる私に『そこに居られると邪魔』って言ったよね?
え、この人も此処のアパートに住んでらっしゃるの!?
ご近所さん!?
第一村人的な!?
すみません正直に言ってもいいですか。
この方以上に嫌な感じの方がいませんようにこの方以上に嫌な感じの方がいませんようにこの方「キャリー。完全にこの階段登れなくないですか?」
「え」
「?どうやってこれ持って2階に行こうとしてたわけ」
「あ」
一単語ずつ発する私に、彼はくすりと笑った。
「いくつ?」
いくつですって!?!?!?!?
「馬鹿なんですね」とか「間抜けなんですね」とかじゃなくて、「いくつ?」って言ったよこの人!?
都会のイケメン怖い。
都会のイケメン怖い。
繰り返す心情に口元を震わせていると、その男性が私のキャリーの持ち手を掴んでひょいと担いだ。
「えっ」
「……何?」