理想の都世知歩さんは、
何も考えないまま薄暗い廊下を踏む。
どういうわけか足音は耳まで届いて来なかった。
入口の傍まできて、やっと。
小さな泣き声が初めて、耳を掠める。
不思議な感情で居た。
やさしいような、いたいような。
みみをふさいでしまいたいような、てをのばしたいような。
入口のドアを押して中に入る。
ピタリと止む泣き声の隙間に、拭いきれない泪の音が零れたままでいた。
「菜々美」
目を閉じていた。
それくらいしないと聞き逃してしまうくらいには、遠い距離にいると知っていたからだった。
「宵一?」
短い沈黙の後、震え声が届く。
瞼を上げれば昼間、自分が座っていた席の反対側に菜々美の姿が在った。弱い弱い明かりの下、蹲っていた彼女が顔を上げる。
何となく、予感があった。