理想の都世知歩さんは、
三谷さんは左谷さんのことをあーちゃんと呼ぶ。
「か、ぞく?」
ぽかんと呟くと、三谷さんが左谷さんのと自分のクラッカーを傍のレジカウンターに置きながら答えた。
「うん、家族。まだ三人だけだけど。だからこめちゃんは『失礼します』じゃなくて『ただいま』って言って」
僅かに横顔を向けた三谷さんは優しい笑みを浮かべていた。
その横顔を見つめた先で左谷さんが「さ、仕事仕事」と通り過ぎて行く。
「入ってすぐでなんだけど、昇格したらもっと大きな店舗で働くこともできます」
そう説明しながら私の背中を押して行く三谷さん。
少し黙ってしまう私は、もう既に寂しい、と。思ってしまっていることに気が付く。
不思議だ。
一か月も経っていないのに。
お店の奥にある四分の一ほどのスペース。実は未だ改装が進んでいて、そこは小さな小さなカフェになる予定なのだとか。そんなの。
そんなの、素敵すぎる。
私はそれが楽しみで楽しみで、毎日花が咲くのを待つように、見つめては「はやく」って思ってしまっていた。
「こめちゃんはパステルカラー似合いそう」
明後日には開店と思えないくらいゆったりとした空間で、左谷さんが洋服を畳む手を止め、真顔で呟いている。
「確かに」
ふむ、と顎に手を置いて頷く三谷さんと二人に見つめられて、照れ照れと後頭部に触れる私は反応がおっさんくさいと言われることがある。
私も自分をおっさんだと思う時がある。
「でも私、ちんちくりんなので…左谷さんとか三谷さんみたいに身長あるの羨ましいです」
「ちんちくりんって!」
「俺は置いておいて、身長あるもないも似合う服って絶対あるから」
そういう意味では、こめちゃんも自分のことをそう思ってるお客さんの見本になれるといいね、と三谷さんは背を曲げて笑顔を魅せた。
その日の私の緊張、いつのまにかどこかへ飛んでいってしまっていたことに気が付いたのは、すっかり日が暮れた頃のことだった。