理想の都世知歩さんは、
「こら衵」
もう視界の何もかもを捨てて中心に在るお寿司しか目に入っていない私の手を、都世知歩さんがパシ、と叩いた。
驚いて顔を上げると彼のダークブラウンが目に入って我に返る。
「『いただきます』」
「あ。ご、ごめんなさい…、いただきます」
「よし。ご飯は逃げないから、慌てず召し上がれ」
「はいお母さん」
「誰がお母さんだ」
「ですよね…こんな格好良いお母さん居ませんよね」
「いただきます」
はいスルー。
都世知歩さんは見惚れるほど綺麗に箸を手にする。干渉しないけど、絶対育ちはいいと思うんだ。勝手な予想に過ぎませんがね。
「海老食べてもいいですか」
「ん。えびすき?」
「大好きです!」
すると都世知歩さんは、よかった、と微笑んだ。
何だか恥ずかしくなってしまった私は慌てて海老を移動させて、代わりに都世知歩さんの方へ寛平巻きを捧げた。
都世知歩さんはそのとき真顔になったけれど私は気付かずへらへらしていた。
お寿司はスーパーでいつも通りすぎてしまうもので、それを都世知歩さんがわざわざ横長の重いお皿に綺麗に移してくれていて。
浅蜊と、春キャベツを蒸して和えたもの。
春にんじんに、新じゃがと新玉ねぎのサラダ。
おばんざいのふき。
それらは都世知歩さんが作ってくれたものだった。
彼は、今日どんなことがあったかとか聞かない。
今年の桜はいつごろ咲くのか予想したり、チューリップといえばオランダだとか、オランダ人といえばやけに背が高いとか。
そういう、本当に他愛ない話に笑ってみたりする。
ご飯。美味しかった。
眠る前思い出して、ふわりと笑みが零れてしまうくらいやさしい味がした。
お寿司も勿論だけれど、
都世知歩さんが作ってくれたご飯が、いちばん美味しかった気がする。