月光-ゲッコウ-
「19時半頃に迎えに来てくれ。」
目的地に着くと、社長はそうドライバーに言って車を降りた。
着いた場所はホテル。
ホテルと行っても、もちろんラブホテルなんかじゃない。
部屋の窓からは東京の夜景が見渡せる、スイートルーム。
部屋に着くと、社長は仕事モードからただの男に変わる。
「千歳…(チトセ)」
この人はこうやって、情事の時はあたしの事を名前で呼ぶ。
シャワーも浴びていないあたしをさっそくベッドへと押し倒す。
「本当に千歳は可愛い。」
少し荒げた吐息で放たれた言葉。
この人はあたしを可愛がってくれる。
けれど、あたしは愛していない。
あたしはこの人を利用しているだけなのだ。
もう誰も愛さないと決めたあたし。
1人で生きて行く為に第一秘書の地位が欲しかった。
お金が欲しかった。
誰も愛さないと決めたあたしには、愛人という地位がお似合いだ。
社長の第一秘書の地位に上りつめるのは簡単だった。
愛人となってすぐに、今まで第一秘書の座にいた先輩からその座を手に入れた。
3年間、今だにこの地位を誰にも渡さなかった。
この先もまだ、渡す気はない。