カラカラさん
深まる交流
翌週の水曜日、またお弁当を持って公園に行くと、あの男性がお弁当を食べている背中が目に入った。私は、あれから何度か「から……から……」と男性の真似をする颯太の相手をして笑っていた。疲れて颯太を保育園に迎えに行き、家に帰っても、颯太が彼の真似をして跳び跳ねている姿を見ては、一緒に笑って元気が出た。
そして、私たちはひそかに、彼を「カラカラさん」というあだ名で呼ぶようになった。そして、なんとなく親しみが沸き、不審者かもしれないという不安も吹き飛んだ。
「カラカラさんだ」
颯太がこっそりささやいてきた。
「唐揚げ、食べてるのかな」
その日は寝坊して時間が取れなかったので、お弁当はおにぎり、ウィンナー、卵焼きだけだった。唐揚げを揚げる時間がなかったのだ。颯太はがっかりしていたが、「カラカラさん」を見つけると、急に笑顔になった。そして、彼の元へ走っていった。
颯太を呼びながら、私も走っていくと、颯太は「カラカラさん」から唐揚げをもらっているところだった。
「だめでしょ!」
颯太を叱ると、私は急いで「カラカラさん」に謝った。
「すみません、颯太が唐揚げをいただいたりして……」
「カラカラさん」は、颯太をぼんやり眺めていたが、私の言葉で夢から覚めたように、「あ、颯太くんね」とつぶやいた。
「いいんですよ、私はお腹いっぱいでしたから」
彼は優しく答えてくれた。颯太は、唐揚げをほおばって、「10点満点!」をした。
「美味しかったなら、よかった」
「本当に、すみません。よかったら、卵焼きをどうぞ」
私は、「カラカラさん」と並んでベンチに座り、急いでお弁当を広げた。颯太も近寄ってきて、「卵焼き、食べて」と彼に話しかけていた。「カラカラさん」は、しばらく遠慮していたが、やがて卵焼きに箸を伸ばして、一口かじり、味わうように目を閉じた。
「美味しいなあ、美味しい」
「カラカラさん」の笑顔は、空を突き抜ける太陽の光のように、少ししわが寄った顔に広がった。私は、もう長いこと水曜日以外にお弁当を作らず、自分の手料理を颯太以外の誰かに食べてもらうことがなかったので、自分の腕が不安だった。しかし、「カラカラさん」の「美味しい」という心からの誉め言葉に安心して、すっかり打ち解けてしまった。
「カラカラさん」は、どこで働いているのか、どこに住んでいるのか、どんな家族と暮らしているのか、など詳しいことは話さなかった。というより、話せなかったのだろう。
彼は、つい溜まってしまった仕事の愚痴をまくし立てる私の話を、「うん、うん」と聴いてくれた。彼は、笑いながら、相づちを打ってくれたのだ。彼の顔立ちは平凡で、眼鏡の奥の小さな目は細くて、口元はどこか締まりがなかったが、笑うと愛嬌があった。
お弁当は空になり、沈黙が訪れた。「カラカラさん」は、お弁当箱を抱えて、きょろきょろし始めた。会社に帰るのだろう、と思った私は、彼が貸してくれた通勤鞄をおもちゃに遊んでいた颯太の手を引いて、別れを告げた。彼は、「はい、さよなら、またね」と軽く手を振った。颯太には、ちょっと身をかがめて頭を撫でてくれた。颯太は、「カラカラさん」と危うく言いかけたが、ぐっとこらえて、
「おじさん、またね」
と言った。
帰り道、颯太は私の手をぎゅっと握って話し出した。
「カラカラさんの唐揚げ、美味しかったよ。ママの唐揚げみたいだった」
「そう。きっと、カラカラさんの奥さんが、カラカラさんのことを考えながら、優しい気持ちで作ってくれたのよ。ママも、唐揚げを作るときには、颯太のことを思っているのよ。お弁当は、食べてくれる人の笑顔を楽しみに作るんだからね。颯太も、好き嫌いせずに食べてね」
「わかった」
颯太は、素直にこくんとうなずいた。
「カラカラさん」が、颯太にいい影響を与えてくれそうだ、と思った私は、次の週の水曜日も、「カラカラさん」に会いに行こう、と颯太に提案した。
そして、私たちはひそかに、彼を「カラカラさん」というあだ名で呼ぶようになった。そして、なんとなく親しみが沸き、不審者かもしれないという不安も吹き飛んだ。
「カラカラさんだ」
颯太がこっそりささやいてきた。
「唐揚げ、食べてるのかな」
その日は寝坊して時間が取れなかったので、お弁当はおにぎり、ウィンナー、卵焼きだけだった。唐揚げを揚げる時間がなかったのだ。颯太はがっかりしていたが、「カラカラさん」を見つけると、急に笑顔になった。そして、彼の元へ走っていった。
颯太を呼びながら、私も走っていくと、颯太は「カラカラさん」から唐揚げをもらっているところだった。
「だめでしょ!」
颯太を叱ると、私は急いで「カラカラさん」に謝った。
「すみません、颯太が唐揚げをいただいたりして……」
「カラカラさん」は、颯太をぼんやり眺めていたが、私の言葉で夢から覚めたように、「あ、颯太くんね」とつぶやいた。
「いいんですよ、私はお腹いっぱいでしたから」
彼は優しく答えてくれた。颯太は、唐揚げをほおばって、「10点満点!」をした。
「美味しかったなら、よかった」
「本当に、すみません。よかったら、卵焼きをどうぞ」
私は、「カラカラさん」と並んでベンチに座り、急いでお弁当を広げた。颯太も近寄ってきて、「卵焼き、食べて」と彼に話しかけていた。「カラカラさん」は、しばらく遠慮していたが、やがて卵焼きに箸を伸ばして、一口かじり、味わうように目を閉じた。
「美味しいなあ、美味しい」
「カラカラさん」の笑顔は、空を突き抜ける太陽の光のように、少ししわが寄った顔に広がった。私は、もう長いこと水曜日以外にお弁当を作らず、自分の手料理を颯太以外の誰かに食べてもらうことがなかったので、自分の腕が不安だった。しかし、「カラカラさん」の「美味しい」という心からの誉め言葉に安心して、すっかり打ち解けてしまった。
「カラカラさん」は、どこで働いているのか、どこに住んでいるのか、どんな家族と暮らしているのか、など詳しいことは話さなかった。というより、話せなかったのだろう。
彼は、つい溜まってしまった仕事の愚痴をまくし立てる私の話を、「うん、うん」と聴いてくれた。彼は、笑いながら、相づちを打ってくれたのだ。彼の顔立ちは平凡で、眼鏡の奥の小さな目は細くて、口元はどこか締まりがなかったが、笑うと愛嬌があった。
お弁当は空になり、沈黙が訪れた。「カラカラさん」は、お弁当箱を抱えて、きょろきょろし始めた。会社に帰るのだろう、と思った私は、彼が貸してくれた通勤鞄をおもちゃに遊んでいた颯太の手を引いて、別れを告げた。彼は、「はい、さよなら、またね」と軽く手を振った。颯太には、ちょっと身をかがめて頭を撫でてくれた。颯太は、「カラカラさん」と危うく言いかけたが、ぐっとこらえて、
「おじさん、またね」
と言った。
帰り道、颯太は私の手をぎゅっと握って話し出した。
「カラカラさんの唐揚げ、美味しかったよ。ママの唐揚げみたいだった」
「そう。きっと、カラカラさんの奥さんが、カラカラさんのことを考えながら、優しい気持ちで作ってくれたのよ。ママも、唐揚げを作るときには、颯太のことを思っているのよ。お弁当は、食べてくれる人の笑顔を楽しみに作るんだからね。颯太も、好き嫌いせずに食べてね」
「わかった」
颯太は、素直にこくんとうなずいた。
「カラカラさん」が、颯太にいい影響を与えてくれそうだ、と思った私は、次の週の水曜日も、「カラカラさん」に会いに行こう、と颯太に提案した。