翼のない天狗

 水の世界、満月の夜の光景は、ある種おぞましい。人魚と人魚の情欲だけが渦巻いている。


「……」
 何とも気味が悪い。吐き気がする。
 両手は体の後ろで縛られ、そこから鎖が伸び、鎖の先には山ほどの大岩が乗っている。見張りの人魚は、やることがあるとかで今はいない。何をやるのかは、知らない。

「……清青様」
 呼ばれて清青は重い頭を上げた。
「氷魚殿……」
 氷魚は頷いた。

「申し訳ございません……私の所為でこんな……」
「何をおっしゃる」
 清青は言う。
「氷魚殿がいなければ私は死んでいた。どうか、己を咎めて涙を流されるな」
 滑らかな頬を伝って走る涙を拭うことが出来ない。清青は氷魚に寄り、顔を近づけた。
「清青様……」
 優しく、氷魚の涙を舐める。
 擽ったいのか、氷魚が喉で笑った。それを聞いて清青は離れる。
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