翼のない天狗

「流澪」 
 汪魚は流澪を探している。普段なら呼べばすぐに現れるが、今日はそうではない。
「イサゴ、」
 傍を通る妻を汪魚は呼び止める。

「沙子、流澪を知らないか」
「いいえ。流澪殿はまだお休みではないのですか、氷魚様と」
 そうか、汪魚は言い、そこを後にする。沙子はその背中を見つめ、小さく息を吐くと仔供のところへ向かった。

 汪魚は流澪の部屋に入る。
「流澪、いるのか?」
 無論、返事はない。やがて汪魚は流澪の体を見つける。魂の抜けた、流澪の殻。

「……たれか」
 汪魚は声を上げる。
「は」 
「氷魚を呼べ。広間にて聞き質しを行う」
 魂を抜くなど、氷魚をおいて誰が出来よう。

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