翼のない天狗
 氷魚はそれに追い打ちをかけるように続ける。
「山の水辺、特に瀧は多くの人間が見張っていることでしょう。行くのに容易い豊備の滝は無論。それに、流澪殿の魂は白の瀧にいた天狗に託しました」

「天狗……」
 沙子が汪魚の顔を伺った。
「汪魚様……」
「ああ、その天狗も易々と姿を見せまい」


「私が、取りに参りましょうか。流澪殿の魂」
 意図して明るく言う。その後の周りの反応は予想できる。そして、その通りの声が上がった。
「私が参ればその天狗も解りますし、」
 しかし代償は計り知れない、と。
「何をおっしゃる!」「氷魚様がいらっしゃる必要などない!」「あなたは我々の大切な姫君だ」「もし捕まったら」「――!」「――!」
 否と言うのは、全て雄魚。もっとも、この場には氷魚と沙子、他に老齢の雌魚が二三と、雌魚は少ない。
 
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