翼のない天狗
沙子は静かに話す。
「あなたは、氷魚殿から聞き及んでいたのでしょう?」
「氷魚が兄と関係を……」
「そう。氷魚殿はそれをご自身の口から話され、すぐに一族に広まりました。雄魚はもとより、雌魚達が氷魚殿を口々に罵ったのです……流澪殿の魂を抜いたように、他の者を扱うのもたやすいと見せることで、氷魚殿は罵倒に耐え得ると踏んでいたから話されたのでしょうが、あなたのお仲間――」
「……深山? 烏天狗の」
「ええ。深山殿が此処へ来て、氷魚殿の命綱であった流澪殿の魂を返しました。命綱は絶たれてしまったのです。二人の関係だけが広まりました」
「私の所為だ……」
「それはわかりません。まず一番の原因は……汪魚ですから」
「貴方は氷魚に何か」
「私は何も。罵ることも、守ることも出来ません。今はこのように世話をしますが」
「汪魚は」
「汪魚は一度氷魚殿に魂を抜かれ、それからはそのような心を起こしていません。それだけに、兄である汪魚も氷魚殿を守れないのです。何かをすれば、また非難の声が上がるばかり。長として差し支えます」