翼のない天狗
 女は静かに笑った。まこと、氷魚によく似た女だ。

「汪魚様は父上の跡を嗣ぐべくお育ちになった方です。汪魚様と私は、婚礼の日まで出会ってはならない掟があるの」
「では、わたくしがねえさまに、おうなさまがどんな方か、こっそり教えてさしあげる。背が高くてね、目はこう……」

 氷魚の言葉を遮るように、女は氷魚を抱き上げた。
「氷魚は私の楽しみをうばってしまうつもりかしら」
「え」
「あと二日よ」

 氷魚は、わからない、といった顔で女を見上げる。
「今までずっと我慢していたの。あとたったの二日で汪魚様に会えるのに、氷魚に教えられてはその我慢が台無しだわ」
 女の声は弾んでいる。幼い氷魚を抱き直し、黒髪を指で櫛く。

「それより、どうしてそのひとが汪魚様だとわかったの?」
「ほほにね、細貝があったから。とうさまのあとをつぐひとに、細貝があるのでしょう?」
「氷魚は物知りね」
 言われて、氷魚は笑顔で頷いた。
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