翼のない天狗
 履物を脱いで、足をそっと拭う。氷魚は清青の枕元に座ると、深山の方へ体を向けた。
「お約束の通り、」
「ああ、俺は構わない」
 深山の返事を聞いて、氷魚は張り詰めていた頬を緩ませた。大輪の花が綻ぶようだ。

「あの、約束とは」
「清青の弔いは、氷魚が挙げるということだ」
 氷魚が清青の顔へ目線を落とす。ほっそりとした白い指で、清青の輪郭をつつとたどった。
「運んでくださいね」
「それも約束したろうが」
「そうでした」
「ずいぶん楽しそうな口ぶりだ」
 楽しそう、と言われて氷魚の口は固まる。目つきが硬くなる。深山はとりつくろうように声色を変えた。
「すまん。そんな顔をするな、氷魚。清青は、お前の申し出を喜んでいたというのに」

 氷魚はまた穏やかな表情に戻り、清青に触れる。
「深山殿はいじわるを言う。そしてあなたも、素直にきけない。だから、私の一人語りでよろしければ、この方がどのように生きたか、お話しいたしましょう。有青殿」
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