翼のない天狗
 人魚が紡ぎだした太古の術を、白天狗であれ、清青様が使うことはかないません。人魚の中でも、そのような術を扱える者は限られます。力を貸してくださったのは義姉上でした。

 義姉上、沙子様は物静かですが、博識な方です。その術を成すために必要な材料、道具を速やかに揃えてくださいました。

「義姉上、」
 私は、義姉上がなぜそこまでしてくださるのか判りかねておりました。あるいは、兄上を惑わす者を追い出すこができて内心御喜びであるのかと勘繰っておりました。
「氷魚殿は不思議で仕方がないでしょうね」
 義姉上は、さまざまな薬藻を入れた鍋をゆっくりとかき混ぜながらおっしゃいます。私の心の内を察していらっしゃいました。

「このたびのことも、私が我を失っていた日々も、義姉上は私を世話してくださった」
「そうね。私は……きっと氷魚殿の役に立てるのが嬉しくてたまらないのです。氷魚殿の役に立つ姿を、きっと氷湟様はご覧になっていることでしょうから」
 義姉上の口から、姉様の名を聴くのは初めてのことです。私は驚いて、義姉上の顔を伺いました。
 義姉上のほっそりとした頬が朱に染まります。
「氷湟様は、私の憧れでした。誰からも愛される美しいお姿も、細やかに周囲の者を気遣うお姿も。私は氷湟様のお傍に長くいられて、すっかり魅せられていたのですよ。男性を想うよりも強く、氷湟様に恋焦がれていました」
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