翼のない天狗
「氷湟様が命を落としたことを耳にしたとき、私はとっさにその後を追わねばならないと思いました。が、そう思ったときには……御母上、氷湟様と貴女の御母上は短刀でご自身の胸を突いていたのです。そして、そのまま。共に逃げていた別の者が、水王様に刃を向けました。その様子を見て、私はようやく冷静に物事を考えられるようになりました。氷湟様の御子を守らなければならない。慌てる女たちを静めることに努めました」
義姉上はご自身の小指の先を傷つけ、混ざり合った薬藻に血を垂らします。一、二、三滴。再びかき混ぜていきます。義姉上の指からはまだ血が滴っていましたので、私はそこに触れてその傷を消しました。
「ありがとうございます」
「母上は、水王を守るために命を落としたと聞いていました」
「御母上は、何かを守り抜くように迷いなく胸を突いていらっしゃいました。だから、私がそう他の者にも云ったのです。……そう、他の者の世話をして回る姿が、長の目に留まったのでしょうね。あの騒乱からしばらく経ち、亡くなった方々の弔いが終わって、私は長の妻に乞われたのです。氷湟様に申し訳ないという気持ちよりも、氷湟様と同じ立場になることが嬉しくてたまらなかった。初めて長の情けを受けた夜は、氷湟様と同じ悦楽を感じているのだと身が震えました」
「……義姉上」
「そうね。長の情けは氷魚殿を苦しめていたのですね。私は愉悦を感じながらも、長や、氷魚殿や……共に暮らす全ての人魚に申し訳ない気持ちも抱えていたのです」
思えば、義姉上とこんなに長く語り合ったことがあったでしょうか。義姉上は普段は口少ないけれど、姉様のことを頬を赤らめてお話にになります。
義姉上はご自身の小指の先を傷つけ、混ざり合った薬藻に血を垂らします。一、二、三滴。再びかき混ぜていきます。義姉上の指からはまだ血が滴っていましたので、私はそこに触れてその傷を消しました。
「ありがとうございます」
「母上は、水王を守るために命を落としたと聞いていました」
「御母上は、何かを守り抜くように迷いなく胸を突いていらっしゃいました。だから、私がそう他の者にも云ったのです。……そう、他の者の世話をして回る姿が、長の目に留まったのでしょうね。あの騒乱からしばらく経ち、亡くなった方々の弔いが終わって、私は長の妻に乞われたのです。氷湟様に申し訳ないという気持ちよりも、氷湟様と同じ立場になることが嬉しくてたまらなかった。初めて長の情けを受けた夜は、氷湟様と同じ悦楽を感じているのだと身が震えました」
「……義姉上」
「そうね。長の情けは氷魚殿を苦しめていたのですね。私は愉悦を感じながらも、長や、氷魚殿や……共に暮らす全ての人魚に申し訳ない気持ちも抱えていたのです」
思えば、義姉上とこんなに長く語り合ったことがあったでしょうか。義姉上は普段は口少ないけれど、姉様のことを頬を赤らめてお話にになります。