翼のない天狗
「私には、弟がおりました」
「……鯱に害されたと聞いております」
「そうでございましょう。それには違いありません」
 どろどろとした藻に、義姉上は他の材料を加えていきます。だんだんと色が済んでいきます。
「弟はあれこれと物事を知るのが大好きでした。水の中をあちこちに泳ぎ回り、そこで珍しい魚と出会ったり、美しい色をした水草を見つけたり、それは楽しそうに毎日遊んでおりました。そして、何かの弾みで水面を出てしまった……人間に会ったのです」

 鍋の底がはっきりと見えます。出来上がりはもうすぐです。
「弟は、人間や人間の住む世界を知りたいと思いました。知りたいという気持ちが弟の全てですから。でも、私たちの体が歩けるのは一月にたったの二晩。弟は、人間の脚を手に入れる方法を西の海の人魚から聞き出し、この書簡に書いたのです。そして私に、この秘薬を作るよう頼んだのです」
「義姉上は何と」
「躊躇いました。弟が脚を得るということは、水の中では暮らせなくなるということ。たいへん迷いました。断ろうとしました。しかし、私が悩んでいるうちに、弟は新たな興味を持ち始めたのです。それは、北の海を探ることでした」
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