翼のない天狗
すっかり透明になったものを、義姉上は杯に注ぎました。
「なかなか答えない私にしびれを切らしたのでしょうね。弟は慣れた手付きで旅支度をして、ふいと北へ発ってしまいました。そして、戻ってこなかった。あのときの鯱の群の一頭の歯には、弟の着物の切れ端が引っかかっていました……」
鍋の中の最後の一滴まで落とし切ります。
「自分を責めました。もし、弟の望みに応えていれば、弟が脚を手に入れていれば……水の中にはおらずとも、弟を失うことはありませんでした。だから、私はもう失いたくない。貴女を失うことはできないのです、氷魚殿」
杯に蓋をして、義姉上は私にそれを持たせました。義姉上の深海の色をした瞳が私に向けられます。
「貴女は氷湟様の大切な、大切な宝物です。貴女が辛いときは、氷湟様もお辛い。貴女が苦しめば、氷湟様だって苦しい。そう思うからこそ、私は氷魚殿をお手伝いするのです。どうぞ、この杯を持って、あの天狗の傍へお行きなさい。そして、杯を飲み干すのです。どのような痛みがあるかはわかりませんが、たとえどのような痛みが襲おうとも、あの天狗が一緒にいるのなら平気でございましょう」
私は大きく頷きました。そして義姉上に深く頭を下げて、杯を手にして清青様の元へ参ったのです。
「なかなか答えない私にしびれを切らしたのでしょうね。弟は慣れた手付きで旅支度をして、ふいと北へ発ってしまいました。そして、戻ってこなかった。あのときの鯱の群の一頭の歯には、弟の着物の切れ端が引っかかっていました……」
鍋の中の最後の一滴まで落とし切ります。
「自分を責めました。もし、弟の望みに応えていれば、弟が脚を手に入れていれば……水の中にはおらずとも、弟を失うことはありませんでした。だから、私はもう失いたくない。貴女を失うことはできないのです、氷魚殿」
杯に蓋をして、義姉上は私にそれを持たせました。義姉上の深海の色をした瞳が私に向けられます。
「貴女は氷湟様の大切な、大切な宝物です。貴女が辛いときは、氷湟様もお辛い。貴女が苦しめば、氷湟様だって苦しい。そう思うからこそ、私は氷魚殿をお手伝いするのです。どうぞ、この杯を持って、あの天狗の傍へお行きなさい。そして、杯を飲み干すのです。どのような痛みがあるかはわかりませんが、たとえどのような痛みが襲おうとも、あの天狗が一緒にいるのなら平気でございましょう」
私は大きく頷きました。そして義姉上に深く頭を下げて、杯を手にして清青様の元へ参ったのです。