翼のない天狗
「いつかあなたは言った。小さな魚になりたい、と。私はあなたの考えを否定した……今思えば、それは私の望みを叶える方法でもあった。私も氷魚様も、共に小さな魚であれば、身分や隔たりなど感じず、たたあなたを求めることができたのに」

 そして流澪殿は、私の耳元で囁きました。
「御姉上……氷湟様の最期の秘密は私が守り抜きます。それこそ、私があなたの近くにいた証です。氷魚様、どうか」
 離れ、流澪殿は私と目を合わせました。兄上が姉様ごと鯱を貫いたのを見ていた目です。
「どうか、達者でお暮らしください。あなたと共に老いること叶わないのは残念でなりませんが、清青を恨みはしません」
 短く息を吐くように、口元をゆるめて笑顔になりました。
「水王を頼みます。宿命を受け入れて生きるように」
「無論です」

 遠くに、兄上がいるのがわかりました。義姉上がその手を取っていました。
 深々と頭を下げた流澪殿を探しているのか、水王が泳いできます。
 私を見送るために、仲間の人魚や、魚たちが集まってきました。
 姉様、と私は心の中で呼びました。

 姉様、私は姉様がいたこの世界が好きだったの。
 姉様が命を懸けて守ってくれた私の命は、今、この世界を離れるわ。

 指先に、温かさを感じました。清青様が私の手を握りました。

 私の大切な方と共に、大切な方の住む世界へ参ります。
 姉様の元へ行くのは、もう少し後になるわ。
 待っていてくださいね。
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