翼のない天狗
 また言葉を探す。頭ばかりがぐるぐると回る。
「それから、何と」
「それだけです。大爺様は、すうっと消えたのです。麿は、すとんと、わかりました。大爺様が、亡くなった。悲しい気持ちが、いっぱいになります」

 清青、我が父よ。
 
 三の宮は、清青が残したという言葉を淀みなく述べた。そのときだけ、三の宮の瞳が藤紫色の光を放った。もう、天狗の血は薄らいでいると思っていたのに。
 「主上」とは、予言か。今上帝には、四人の子がおり、うち三人が親王だ。三の宮は中宮腹とはいえ末の子、下位の女御が産んだ、一の宮、二の宮を差し置いて東宮となるのか。そして、帝に。
 国のために生きよと。
 
 話し終えて、泣き疲れたからか、それとも有青の手のひらが温かかったのか、三の宮はすやすやと寝息を立てている。
 乳母は三の宮を抱き上げ、腕を伸ばした中宮に渡した。中宮は三の宮の髪を撫でる。そして乳母や、ほかの侍女を下がらせた。

「父様、三の宮のいう大爺様とは、私のお爺様でございましょう。実原紫青キヨハル、または」
 中宮は掌をきつく結ぶ。声が震えた。
「先々代の帝が畏れた白天狗、冥王山の清青坊」

 有青は目を見張る。娘の顔をまじまじと見た。
「なぜそれを」
「父様、いえ、実原右大臣。私は、帝のお近くにお仕えする身ですもの。でも、それしか知りません。教えてくださいませ」
 いつかも、このようなことがあった。
 あれは、清青が初めて有青の前に現れたとき。母に詰問したのだったな。
 
 有青はゆっくりと息を吐いた。それから中宮の近くへいざり、眠る三の宮を自らの膝の上に移した。
「長くなる。重かろう」
 
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