翼のない天狗
来訪者
次の夜。星だけが空を彩る。赤い星、青い星。天の川。霞む光、瞬く光。
「今宵は朔か…」
振り返って簾の奥へ入ろうとした時。
「おい、清青」
背中から降ってきた声。
「…深山」
ちら、と目が辺りを見る。誰もいない、気配もない。実原の屋敷に植えられた松の木の上で深山は続ける。
「お前、花の君を抱いたんだってな。黒鳴が言っておった」
「それがどうした」
互いに不服そうな顔をする。
「…人間のような面をしやがって、ほら客人だ」
玉砂利の敷かれた庭に現れたのは。
「氷魚殿?」
「じゃあな」
「あ、おい深山…」
追い掛ければ追い付くだろうが、それよりも先ずは。
「氷魚殿……足が」
単は着ていない。小袖に長袴だけだが、脚がなくては袴は着られない。