翼のない天狗

《清青》

 寺で月を一人眺めていた清青の許に、一羽の烏が飛んで来た。
「コクメイ」
《屋敷へ戻れ》
「戻らぬ」
 清青はこの世話好きな烏に、ため息混じりに返答した。

《おのれ、駄々をこねる年か》
 黒鳴は清青の肩に留まる。
《母君の選んだ女、実に上玉ぞ》

 清青は除けながら言う。
「わざわざ見に行ったのか。ご苦労なことだ。それでも私には関係のないこと」
 それから、思い出したように告げる。
「深山が、面白いものが見られると言っておったぞ」
《何、そうか》

 黒鳴はあっけなく肩を離れる。この烏もまた、人の交情を面白可笑しく見る。清青は背を返して、破屋に入る。
 高い所から黒鳴が言い加えた。
《母君をたてることも考えよ、紫青殿。約束は明日の亥の刻、屋敷に車が来ておるはずじゃ》

 バサバサと技と羽音をたてて飛び去る。
 明日は、望の月。
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