キミのための声






まだ寝ぼけているせいで
フラフラしたまま階段を下りて、
洗面所で顔を洗う。



後ろから足音が聞こえると、
鏡越しにお父さんが見えた。



欠伸をしながら
トイレに向かうお父さんに、



「あれ、今日は早いんだね?」



ペチペチと化粧水を付けながら言うと、
お父さんは何度か瞬きをして
少し不思議そうにあたしを見る。



「…俺はいつも通りだぞ?
愛梨沙がいつもより
遅いんじゃないか。」



「えっ?」



「だって、もう7時半だぞ。」



背中に嫌な汗が流れた。



お父さんはそのまま
トイレに入って、
あたしはただ立ち尽くす。




恐る恐る時計を見ると、



……うん、確かに7時半だね。





「………っえぇ!?」




ガッと時計を掴んで、
もう一度確認する。




し…7時半!?



有り得ない!
絶対お弁当間に合わないよ!




「もぉ~最っっ悪!!」



バタバタと2階へ上がり、
高速で準備を始める。




自分のお昼なんか
買えばいいんだし
どうだっていいけどっ……




葵くんのはダメだよぉ~!




「あーもうっ!」



パッツン前髪にアイロンを
あてている時間もなく、
学校でやろうと
乱暴にリュックに突っ込む。



いつもはうっすらとしている化粧も、
やっている時間はない。




「行ってきます!」



「おぉ、気を付けろよー」



リビングで朝食をとる
お父さんに適当に声をかけ、
家を飛び出す。




只今の時刻、8時。



学校は8時半までの登校だが、
あたしの通学時間は約1時間。




いつもの電車にはもう
間に合わないから、
恐らく遅刻決定。






「はぁ……」




いつもより遅い電車に乗り、
空いていた席に座る。




たかがお弁当作れなかっただけで、
って思われるかもしれない。




だけどあたしからしたら
重大なミスなのだ。





一緒にお弁当を食べる、
っていう口実が無かったら、
お昼休みは一緒に過ごせない。





そう、口実なのだ。





ただ一緒に居たいための
あたしのワガママ。




あたしがお弁当ナシでも
一緒に過ごしたいと
子供のようにおねだりすれば、
多分一緒に居てはくれる。





心底、面倒な顔で。






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