キミとの距離は1センチ
ものすごく哀れみに満ちた眼差しを向けられて、つい、その腕をがしりと両手で掴んだ。

びく、と一瞬伊瀬がからだをこわばらせて、それから顔を背ける。



「……掴むな。暑いから離れろよ」

「いやだって、気になるじゃん! なんなのー?! なんかあるの?!」

「ッ、離れろって!」



強めの口調でそう言って、バッと、勢い良く腕を振り払われた。

めずらしい彼の荒い声と態度に、わたしはそのまま、思わず固まってしまう。

そんなわたしの様子に気がついたのか、ハッとしたように、伊瀬が手を下ろす。



「……悪い。でも今のは、おまえも反省しろよ」

「え……」

「……彼氏いるやつが、そんな簡単に、他の男に触れるなよ」



それきり伊瀬は前を向いて、黙ってしまった。

わたしはサンダルを履いた自分のつま先を見つめながら、彼の言葉を頭の中で反芻する。


……“他の男”。この場合、伊瀬のことで。

そうか、伊瀬は、“男”だから……わたしは簡単に、触れたりしちゃ、ダメなんだ。


こっそり、彼の顔を、盗み見る。

ただひたすら前を見据える、凛とした横顔。やわらかな風が、伊瀬の真っ黒な髪を撫でていて。

戯れにその髪にさわることも叶わないのかと思ったら、ちくんと、胸の奥が痛んだ。
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