キミとの距離は1センチ
契機は、その日の夕方にやってきた。

お手洗いからオフィスに戻る途中、わたしは自分の数メートル先に、見覚えのある背中を見つけたのだ。



「あ……」



小さくこぼれかけた言葉を、あわてて飲み込む。

自分の前方にいるのは、伊瀬だ。新商品に関する打ち合わせで外出していたはずだけど、ちょうど帰社したのだろう。

しゃんと伸びた背中は、まっすぐにマーケティング部のオフィスへと向かっている。



「………」



わたしはぐっと、からだの両脇のこぶしを握りしめると。

すうっと息を吸い込んで、言葉を発した。



「……伊瀬!」



呼びながら、小走りで近付いて行く。

わたしの呼びかけに、彼は一瞬、ぴくりと肩を震わせると。

その場に立ち止まって、ゆっくり、こちらを振り向いた。



「……佐久真、」

「お疲れさま。今帰ってきたの?」

「……ああ」



一応言葉は返ってくるけれど、やっぱり伊瀬は固い表情で、ふいっとわたしから視線を逸らす。

それに悲しくなるのと同時に、さすがにわたしも、カチンと怒りが沸いた。
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