キミとの距離は1センチ
「……ちょっと、こっち来い。ここじゃ目立つから」



言うが早いか左の手首を掴まれて、そのままどこかへ連れて行かれる。

たどり着いたのは、今は誰もいない小会議室だ。背後でドアが閉まる音が聞こえたのと同時に、掴まれていた手首が解放された。



「……悪かった。降参。だからもう、そんな顔するな」

「え……」



パッと、うつむいていた顔を上げる。

伊瀬はまっすぐにこちらを見て、困ったような表情をしていた。



「なに……なんで伊瀬、わたしのこと、避けて……」

「……『避けよう』と、思ったわけじゃない。ただ、俺なりに近すぎたことを反省したうえで、自分への戒めになるようにって、」

「………」



伊瀬の言ってることは、たまによくわからない。から、わたしは変な顔をしてしまう。

『近すぎた』って、なにが? どうして『自分への戒め』で、あんなふうになるの? むしろあれって、わたしに対しての意図を持った言動でしょ?



「でも、……うん、もう、わかったから。こういうことしても意味なかったって、わかったから」

「……そうなの?」

「ああ。だからもう、しないよ」
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