キミとの距離は1センチ
「……おはよう、佐久真」



いつものかわいげのない真顔でそう言うのは、ついこの間までは普通の同期だったはずの、伊瀬。

……普通、だ。いつも通りの、彼。


だけど今のわたしに、それまでしていた普段通りの反応なんて、できるはずもなくて。



「っお、はよ……っ」



決して目は合わせないまま、その脇を通り抜けるように、わたしは廊下へと早足で出た。

角を曲がり、お手洗いのところにたどり着くまで、ずっとそのスピードをキープする。

入口近くまで来たところでようやく歩く速さを緩めて、深く息を吐いた。


……なんで。

なんで伊瀬は、あんなに普通なの?

あんなことが、あったのに。どうして、普通にできるの?


ちりちりと痛む胸を抑えながら、わたしは洗面台の前で、くちびるを噛みしめた。
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