キミとの距離は1センチ
宇野さんには気付かれないように、小さくため息をつく。



「……そういえば、来月から九州支社でマネージャーなんですよね。おめでとうございます」

「ああうん、ありがとう」



言いながらにこりと微笑む宇野さんに、自然と苛立ちが募る。

……誰のせいで、あの日佐久真が、泣いていたと思っているんだ。



「伊瀬くんさ、俺の転勤の話知ってるなら……珠綺ちゃんとのことも、知ってるんでしょ?」

「………」

「チャンス、って、思わなかった?」



笑みを浮かべながらそう訊ねられて、思わず押し黙る。

意味有りげなそれは、たぶん、そういうことなんだろう。

やはり宇野さんは、ずっと、俺の気持ちに気付いていたのだ。

……どんだけ腹の中黒いんだよこの人。



「……あなたと別れたことを聞いたからって、別にチャンスだとは思ってないです。佐久真の方は、まだ宇野さんのことがすきですし」

「うーん、そのあたりも、いろいろと誤解があるんだけどな」

「……はい?」



気になる言葉が聞こえて、思わず聞き返す、けど。

宇野さんはひらひらと片手を振って、その疑問を跳ね除けた。



「まあ、これは本人に聞いてよ。で? 伊瀬くんはまだ、珠綺ちゃんに『すき』って伝えないの?」

「………」



直球すぎるその質問に、ぐっと息を詰める。

しぶしぶ、俺は視線を外しながら、つぶやいた。
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