キミとの距離は1センチ
めずらしく定時で帰るつもりらしい佐久真と元来定時上がりの木下さんを、これ以上引き留めるのもしのびない。

俺は1歩、階段へと足を踏み出した。



「………」



足を動かすたびに、佐久真と木下さんとの距離は縮まっていく。

ふたりとのすれ違い間際、木下さんは小さく会釈してくれたけれど、佐久真はちらりともこちらを見ようとはしなかった。

……自業自得。因果応報。

そんな言葉が頭をよぎるけれど、聞き分けが悪い胸は、素直に痛んだ。


自然と彼女の姿を追っていた視線をようやく外し、前を向いたところで。

きゃあっとふたり分の女性の悲鳴が聞こえて、俺はとっさに後ろを振り返った。



「たっ、珠綺さん……っ」

「……!!」



ふたり分の悲鳴は、おそらく佐久真と木下さんのもので。

俺が振り返ったときに見えたのは、あわてて階段を降りる木下さんと、階段を降りきったアスファルトの上にぺたりと座り込む、佐久真の姿だった。

彼女のまわりに靴や持っていたバッグが散乱していることから、佐久真が階段から落ちたのだということは、容易に想像がつく。

さあっと血の気が引いて、俺もすぐに、階段を駆け降りた。
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