キミとの距離は1センチ
こんなふうに佐久真を抱えるの、あの、新入社員研修のとき以来だ。

抱えた感じ、あの頃より少し痩せた気がする。佐久真は、いつもがんばりすぎなんだ。



「──はい、じゃあ、これは?」

「だいじょうぶ、です」

「うん、もう楽にしていいよ」



場所は変わって、社内にある医務室。

椅子に座る佐久真の前に跪いているのは、ここに常駐している40代の女性保健師だ。

彼女は逐一問いかけながら佐久真の手首や足首などを動かしていたが、一通り確認し終わったのか、うなずいて立ち上がる。



「手足の捻挫なんかはないみたいだね。でももし今後腫れるようだったら、我慢しないで病院に行って」

「はい……」

「意識も受け答えもはっきりしてるし、頭を打った方も大丈夫でしょう。たんこぶはしばらく痛いだろうけど」

「……ありがとうございます」



階段にぶつけたあたりを片手で撫でながら、佐久真がぺこりと会釈した。

保健師は笑顔でまたうなずいてから、なぜか今度は怪しい笑みを浮かべると。俺の方へ、意味有りげな視線を向ける。



「彼氏くん、よかったね。彼女たいしたことなくて」

「……お騒がせしました」



あえて訂正はしないまま、俺は若干苦い顔でつぶやく。

にやにや笑いを隠そうともしない保健師は、俺と佐久真の関係を完全に誤解しているらしい。

まあ、世間的にいう“お姫さまだっこ”でいきなり医務室に現れれば、無理もないか。……にしても完全に楽しんでるな、このオネーサン。
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