キミとの距離は1センチ
──でも、あのときの俺は、我慢できなかった。

口では『大丈夫』だと虚勢を張るくせに、その手は小さく震えていて。

きっと本当は、階段から足を滑らせたとき……驚いてこわくて痛くて、泣きたくなっていたのに。強がりの佐久真は、それを必死で隠そうとする。

そしてそんな彼女の、虚勢や強がりに気付くたび。俺はいつも、たまらなく愛しいと思ってしまうんだ。



「……それじゃあ、俺もう戻るから。今度は気を付けて、帰れよ」



足にも異常はなかったみたいだし、このままひとりで帰しても大丈夫だろう。

そう考えた俺は、佐久真に一声かけてから医務室を後にしようとした。

返事は、最初から期待していなくて。だけど俺の言葉に、佐久真がぴくりと反応を示した。



「な……なんで……」

「え?」



小さく声が聞こえたから、思わず聞き返す。

やはり、目は合わせないようにうつむいたままで。

それでも佐久真が、たしかに俺に向かって、言葉を発していた。
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