キミとの距離は1センチ
偶然通りかかっただけとはいえ、こんな、盗み聞きみたいな真似すべきじゃない。

だけどわたしは、どうしてかその場から動けなくて。壁に背中を預け、聞こえてくる会話に耳を澄ませた。



「伊瀬くんが開発したあの炭酸飲料、『Spica―スピカ―』ね。私はすごく好きだな~」

「社長にそう言っていただけると、自信が沸きますよ」

「何言ってんの、もとから自信満々で商品説明してたくせに」

「はは、参ったなあ」



……そっか、お披露目会、うまくいったんだ。

よかった。伊瀬、がんばってたもんね。わたしも、もっとがんばらないと。



「スピカは、たしかおとめ座の一等星のことだっけ。輝く星と炭酸の弾ける様子をかけたネーミングも、いいね。それとCMも、すごくよかった。あの構成も、伊瀬くんが考えたんでしょ?」

「はい、僭越ながら」

「出演してたあの女の子、最近テレビによく出てる子だよね。なんてったっけ、ほら、朝のドラマにも出てる……」

「タカハシプロダクションの、大嶋 郁さんですね」

「ああ、そうそう! あの子も、いい演技してくれてたなあ」



伊瀬が構成を考えた、CMかあ。

わたしも早く、見てみたいな。大嶋 郁ちゃん、好きなんだ。


階段の踊り場で、まだ会話は弾んでいるようだ。よっぽど社長は、伊瀬の開発した炭酸飲料をお気に召したらしい。

……そろそろ、わたしもここを離れよう。

そう考えて、1歩踏み出しかけたけれど。

さらに聞こえてきた会話に、また、足が止まってしまう。
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